にっき。

日常の記録。

暑いので、寒い国のお話。

 

暑すぎるのか、早朝に目が覚めた。

二度寝したため早く起きた意味はなかったけど…。

 

寝起きの怠さとその前日の日中の水分摂取量は関係があるような気がする。

 

夏も真っ盛り…日中は35℃を超えるらしい。

気を付けて過ごさねば、と長い保冷剤を冷蔵庫から出して首に巻いてみたり…看護師さんに冬にやしたらいけないと教えてもらった箇所を冷やしてみる…。

 

色々やってみて気に入ったのは氷枕サイズの保冷剤を太ももの下あたりに敷く氷枕ならぬ、氷座布団的使い方、もしくは氷ひざ掛け。笑

 

やり過ぎるとお腹を冷やしてしまいそうだけれど、適度に、だと大きな血管が通っている箇所を冷やすことで、身体に熱がこもった感じがとれて、とっても快適になる。

 

きっとこれは今後も私の夏の暑さた対策の定番になる気がする今年の大発見だと一人で思った午前。笑

 

 

『冬は湯たんぽ、夏は大きめ保冷剤』。笑

 

ニュースを見ていたら、関東から東北の辺りにかけては台風が上陸しているらしい。

インターネットニュースの天気予報の欄の一角に世界中の気圧と風の動きを見られる箇所があることに昨日気が付いた。

 

台風の時だけなのか、それともずっとあったのかわからないけれど、ちょっと感動して、ネットの地図上を移動して地図内旅行。笑

 

子供の頃から世界地図は何となく好きではあったけれど、改めて地図を眺め、動かしていると、一つの島が気になった。

 

グリーンランド』。

 

結構大きな島なのに、歴史の授業なんかであまり聞いた覚えがない…個人的には謎の島な気がしてちょっと興味だ沸いたので、暑いし、寒い地域のことを調べてみたくなった。笑

 

ヨーロッパ人によるアフリカやアジア、アメリカ大陸への大規模航海が行われた15世紀頃~17世紀頃を『大航海時代』と言って、ポルトガルやスペインが主に大航海を行っていたらしいが、この頃に初めて、ヨーロッパ人が航海先で出くわした諸民族を『先住民』、または『侵略者』との対義語として『先住民』という言葉を使うらしい。

 

アメリカの先住民を『インディアン』と呼ぶことがあるが、本来この語はか『インド人』の意味であって、アメリカ大陸に着いたコロンブスがインドに着いたと最初に勘違いしたことに由来しているらしい…。

勘違いがそのまま『アメリカ先住民』を示す言葉として浸透してしまったよう。笑

 

こうした大航海時代よりも前、スカンディナビアのヴァイキングによって10世紀頃にグリーンランド発見され、その後にカラーリットと呼ばれる人種的には日本人を同じモンゴロイドエスキモー系の民族が定住し今に至っているらしい。

エスキモーは北極圏あたりに住む民族ことを指すらしいが、カナダあたりに住む人々を『イヌイット』、グリーンランドに住む人々は『カラーリット』というらしいが、住むエリアの違いであって、生活様式は同じなんだそう。

侵略者ではないことからか歴史的には後からやってきていることになるから、か、グリーンランドの先住民はカラーリットの人々とされているらしい。

 

今現在はデンマークの領地となっているため、ヌークというヴァイキング時代に入植地として作られた2つの街のうちの1つが現在のグリーンランドの最大の都市になっており、デンマーク人とカラーリットの人々が共存しているらしいが、近年までは各々の文化で生活をしていて交流はなかったとか。

 

ヴァイキングの入植は早くからあったようではあるが、自然環境が厳しいエリアだからか、15世紀に一度ヴァイキンググリーンランドから全滅。

その後ヨーロッパの歴史上からも姿を消してしまう。

 

丁度ダラダラと読んでいた塩の歴史に関する本は、今、フランスの西側の海に面する塩の名産地、『ゲランド』の歴史の辺りでページが止まっていた。

色んな民族名が出てくるヨーロッパのあたりの歴史は、調べながらでないと何がどうなのか読み進めていてもよくわからなくなる。笑

 

そのせいもあって、落ち着いて読めなかったら読んでも内容が頭に入ってこないので、バタバタしていたこのところはあまり読み進められていなかった。

 

が、丁度その本が、『ヴァイキング』がもたらしたとされる『色んなこと』について書いていたところだった。

 

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スカンディナビア半島ってこのあたり。

 

スカンディナヴィア。

この辺りには10世紀~14世紀頃にヴァイキングという武装集団がいたらしい。

 

ヴァイキング…イメージ的にはなんだか野蛮な海賊、略奪民のようなイメージになってしまうが…。

 

この地域には、交易品になるものがなかったらしい。

魚はたくさん取れるが塩がないため腐敗しやすく、他の民族のように交易品としての塩漬けの加工食品を作ることができなかった。

 

同時期、ケルト人(元は中央アジアからヨーロッパに馬と車輪付きの乗りもので渡来したらしい民族)は、肉の塩漬けを、フェニキア人(今のシリアやレバノンの辺りから地中海の方へやってきた海上交易を担った人々をギリシャ人が交易の都合上フェニキア人と呼んだらしい)は、魚の塩漬けを交易品として売っていたようだが、スカンディナヴィアの辺りでは、塩が採れなかったために交易品になるものを求めて北ヨーロッパの海岸を襲い、さらった人を奴隷として売っていた…。

これが残酷だったと記録されている理由らしい。

 

ヴァイキングは交易品を持たなかったが、卓越した造船の技術をもって、早くから中東あたりとの交易も行っていたようだ。

 

バスク地方(スペインとフランスに跨るビスケー湾沿いの地域)にも活動拠点を持っていて、バスク人に造船技術を伝えた記録は残っていないらしいが、ヴァイキングバスク地方に拠点を置いて程なくして、バスク人が同じ手法で造船を始めているらしい。

 

ヴァイキングがやってくる以前からバスク人には捕鯨のを行っていて、その肉は塩漬けにされてきた。

 

当時のカトリック教会では、肉食を禁止する日がどんどん増えていて、肉抜きの日とされている日に肉を食べることは吊るし首の刑に値するほどの重罪だったため、赤身の部位ではないクジラの脂肉の塩漬けが一般の農夫の宗教日の食用に重宝していたらしい。

(当時イルカも食べられていたらしいが、イルカの調理法にはアジアの香辛料など高価なものを含んだレシピが多くあることから恐らく貧者の食べ物ではなかったと考えれているそう。)

 

カトリック教会による肉食の禁止、ヴァイキングの造船技術、バスク人捕鯨の文化…色々な時代背景が重なって、当時は優れた造船技術を持っていたヴァイキングの所有領域だったフェロー諸島までバスク人が北上できるようになった後、ヴァイキングがよく食していたであろう魚、『タラ』に鯨の塩漬けを作る文化を持つバスク人が出会う。

 

そのタラが脂肪分tが少ない魚だったことで塩漬けにする際、塩の浸透がしやすく空気乾燥も可能だったこと、干した後は板のように硬くなったため、温暖な地中海の沿岸の方まで運搬にしていけたこと、鯨の脂身の塩漬けより入手しやすくおいしかったこと、魚だったため教会の定める肉抜きの日にも食べられるもだったなどで、タラの採れる北方の地域より随分広い範囲で塩漬けタラの需要は高まって、塩漬けタラ市場は相当な規模になった。

 

 タラの採れる北方のヨーロッパの国々は莫大な富をもたらす塩漬けタラの市場参入をこぞって参加しようとした。

 

タラは採れるが、塩が採れない地域であったが、ヴァイキングは早くから天日乾燥で海塩を作ることに関心を持っていたらしい。

日照時間が少なく雨もよく降る地域スカンディナヴィアの気候の中で、早い段階で人工池による製塩をしようと試行錯誤した痕跡が残されているらしい。

 

結局その後、ヴァイキングが初期の活動拠点としていたフランスの北西の端にある天然の塩の干潟のあるノワールムーティエ島やその近くの本土、ゲランドやブールヌフで、人工池での製塩が盛んになった。

 

が、バスク人に造船技術を伝えたことの記録がないのと同じく、これらの場所で人工池を複数作って天日乾燥させる技術が正確にいつ誰によって始められたことなのか、という記録は残っていないようで…。

 

解っていることは、このあたりにヴァイキングが来た頃に製塩が盛んになったことと、

 ヴァイキングがスペイン南部の人工製塩所を見て既に知ってはいたこと、まで…。

 

一体人工製塩技術をこの地域にもたらしたのは誰なのか、そこはわからない、ゲランドに関してはケルト人の領域だったため、ケルト人によって製塩所が作られた可能性もあるが、ヴァイキングは塩のないバルト海沿岸に後世に重要になる塩の交易ルートを作った。

 

結局、塩タラをもっとも多く作ったのは、元々はタラも塩もないエリアで、捕鯨の文化をもっていて、造船技術を得て船を塩の多く取れるジェノヴァのあたりに輸出し、交易の 代わりに上質な塩を得ていたバスク人だったとか。

 

 

続きはまた明日…。

最近やってみたことでの変化を少し振り返ってみた。

 

今日は朝から勉強をして過ごした。

 

昨日の模試で理解が甘かったのでは、と思う箇所を再度復習のために読み返した。

 

勉強は不思議なもので、最初ちんぷんかんぷんだったとしても、細切れに気が向いたときだけでも繰り返しやっておくと、少し時間を空けて読み返したときにするっと頭に入るタイミングがやってくることがあるように思う。

 

気長にダラダラと…というだったけれど、そろそろそのするっとのタイミングが来るかも…と何となく思えてきた。

 昨日の様子からそう思えたので、追い込みかけてやっていこう、ただ不安になっても仕方ないし、と集中力が続く限りで読んだ。

 

順次準備はしているけれど、順番に準備しながら期限が来なければ行動に移せないことはについて不安に思っても思い悩んでも仕方ないし不安を膨らませても行動力は落ちるだけだから…どうせならすこしでも自身に繋がることに時間をかけた方がきっと有意義だし、あとでこの時の自分の行動によくやったよ、とうじうじして過ごしてしまうよりはきっと思えるかもしれない、と自分に言い聞かせてみる…。

 

今日は思ったより頑張れたんじゃないかと思う。

やろう、と思ったところまでやれた。

久々にまとまった時間集中して勉強できたので、学生の頃に戻ったみたいな感覚。

 

昨日は4時間、今日もトータル6時間は勉強に費やしたと思う。

昨日は出先での勉強だったけれど、予定通り遅れず行って、きっちり時間いっぱい有意義に勉強できたと思う。

 

よく考えてみれば、約1年前、教室に通い始めた頃は、夜働いていたこともあって、時間が無茶苦茶になっていたからか、生活時間も乱れるせいで、寝ても疲れは取れないし、精神的疲労感も強かったせいか、なかなか思うように集中力も続かなかったような気がする。

そもそもこんな状態だから、定期的に勉強時間と場所を確保してやってみよう、と思った、よいうのはあったのだけれど、最初に頃は集中したくとも授業中うとうとすることも多々あったから…。

 

その時から考えると体調を含めて、随分と色んな面で自分の状態が改善していることもあるように思う。

集中して過ごせるようにもなってきている実感がすこし持てたのは嬉しかった。

 

乱れてしまった人の色んな面での状態の改善にはやっぱり時間が必要なんだ、とつくづく思う。

それでも慌てなければちゃんと少しずつ回復はしてくるし、生活に工夫をすればお金を追いかけなくても心配いらないんじゃないか、という気もしてくる。

 

落ち着いていれば大概のことは冷静に考えて対処ができることなんじゃないか…と思えてくる。

 

そもそもはよからぬものが蓄積してしまわないように緩く丁寧に自己管理なんかに何のためらいもなく勤しめたらいいことなのだけれど。

 

なんだかそれが下手なんじゃないかと思う。

 

調子が良くない時のどこから湧いてくるのか分からない漠然とした無気力感や不安感は一体何なのか…そういうものがでてきてしまったら、悪化しないようにちゃんと休んだり、自らケアを施せるようにしたい。

 

 

そういえば。

ネイルをしておいた爪のマニキュアが剥がれかけてきていたので、除光液で落としてみた。

 

 そうしたら、ちょっとした発見をした。

 

昔、高校の同級生に久々に会ったらネイリストの資格をとった、という友人がいたけれど、久々に再会した時、言われて思い出した。

学生当時のその彼女の爪はかなり短く小さかったことを。

 

その当時は知らなかったけれど、後々のカミングアウトでその小さな爪の原因が爪を噛む癖だったらしかったことを聞いた。

 

爪を噛むという行為はどうやら精神的・心理的ストレスや、神経質だったり繊細だったりする性格が影響するらしいということは知っていたけれど…。

 

その彼女がネイリスト資格をとったキッカケは、ある日体験した友人に連れられていったネイルサロンで、『噛む癖が直ったという話も聞いたことがあるからコンプレックスならあえてやってみたらどうか』とネイリストの方に薦められ、挑戦してみたら長年癖が直り、コンプレックスだった深爪が直った、という体験があったからだったらしい。

 

ふとこの話を思い出した。

 

私に爪の噛み癖はないけれど、神経質なのか、頻繁に、しかも結構短く切る習慣が私にもある。

 

元は爪の間に何かが挟まるのがとても嫌で短くし始めたような気もするけれど、それが段々、白いところがあるのが気になってきて…とエスカレートして、ちょっと切りすぎかな、という感があった。

 

ネイルを塗ってみていたら、マニキュアを塗っていると白い箇所が隠れてしまうせいか、切りたい衝動?に駆られることがなかったように思った。

マニキュアを落としてみたら、思ったより爪の、しかも透明な部分が伸びていたので、いつか聞いたネイルで深爪が直ったという話を思い出した。

 

また切りすぎを防止する意味でも、ネイルを塗って誤魔化しながら、自分の爪の経過観察してみることにしてみようと思う。

 

小さなめに見えることから自分をケアする、大切にすること、を意識したり習慣にできたら…。 

 

このネイルでの体験で、気にし過ぎてしまうことにあえてちょっとした目隠ししてみたりするのもやり過ぎないためにいい工夫なのかも、と思えてきたり…。

 

不安やコンプレックス、よくない習慣だったり、よくないマインドに巻き込んでくる人だったり…自分の人生を楽しむことの妨げになるものをうまく手放していけるときっとすごく気持ちが軽くなってのびのびいられるようになるんじゃないか…。

 

小さな成長や小さな変化、自分の中での小さな取り組みとその結果だったり、ちゃんと感じたいことを感じていけたらいいな、と。

 

小さなことから自分の気持ちを尊重する習慣や、丁寧に扱う習慣をつけて、急なパンクを起こさないように、日々うまく整えられるようになれたらいいなぁ、とそんなことを思った一日でした。

 

 

 

 

 

 

 

『困ったら障害、困っていなければ特に問題はない。』

 

すごく久々に勉強に行った昨日。

 

このところ状況も精神状態も安定しない展開になることが多かった。

 

心が荒れている人がいるのは不景気のせいなのか何なのか…

 

他人のことは変えられないので自分のことに集中したいのだけれど、変わってる人は向かってくるという謎がある。

 

だから変わってるんだ、と納得してるが、有害なのは本当に勘弁してほしい…

 

ただこういう人はよかれでいるので自分がストレスの原因となって人を乱していることに気が付いていない。

だから有害になるんだけど。

 

自分が悪いとなんて1ミリも思わないらしい。

自分は間違ってないと思っているから。

自分自身のことにその正しさの物差しをつかうのはいいが、他人にまでそれを押し付けるのは迷惑にもなる。

他人の物差しはその人が作るものだ、という認識がないらしい。

 

先に授業料を納めているからと気持ちは落ち着かないけれど勿体ないし、と簿記の授業に出てきた。

 

必ずタイピングの速度を測る10分間があるけれど、いつも合格点ギリギリ。

周りにものすごい勢いと速度で打つ人もいるけれど、気にもしない。

早く打てなくてもいいことを仕事にすればいいだけだから。

 

もういい意味なのか悪い意味なのかもわからないけれど、焦らなくなった。

『焦り』というものは特に何も生まない。

できないことを追求しても苦しいことばかりだし、できることをして同じお給料もらえるならできることをすれば良い。

 

他人と比べることなんてストレスにはなってもいいことは何もない。

 

頑張る人もいていいし、自分よりできる人のことも素直に認めていれば大概トラブルにはならないだろうと思う。

 

頑張りたくもないし、一番出なきゃいけないとも思っていない。

 

自分はそう思っているのに、集団に入ると必ずこうやって他人を勝手に自分の価値観に巻き込んでストレスを加えてくる人がいる。

だから私は基本的には集団に入るのが嫌いなんだろうと思う。

 

行ってすぐ模試をして、合格点はとれていた。

 

全然復習も勉強もできてはいなかった割にはちゃんと定着してるんでは?と思えた。

 

マイペースにでもやれていたら少しずつは何かを身につけられるんだ、という再確認。

 

誰かと比べると急に無意味に思えるようなことでも少しずつでもできるようになれば自分を認めてあげられる。

それがまた頑張ろう、と思える理由にもなる。

 

人と関われないと指摘してくる人もいるけれど、私はそういう人と関わりたいとは思ってないだけで、関われないわけではない。

 

自分の人生だから関わり方の程度は自分で選んでいいと思っているだけ。

 

それがうまくできていなかったから今まで苦しいことも多かっただけだろうという自分なりの反省の結果がこれなだけだったりする。

 

寧ろ人と関わることに対して努力をしてきて、困ってきて、困らないために今の生き方を選んでいるのだから、余計なお世話をしてくれなくていい、そっとしておいてくれたら。

 

そう思う。

 

タイトルはいつかお医者さんが言われたこと。

 

『普通』なんてものはなくて、あるのは『平均』だけなのだ、と思う。

 

普通かどうかにこだわりすぎず過ごせる時間が人間にも必要なんだろうな、と思う。

 

カテゴライズすることそのものに意味はない。

異常なのか正常なのかを区分したってそれだけでは何も解決はしない。

知った上でどうするかを考えるためにカテゴリにわけるだけで。

病気だって『病気』が存在しているわけではない。

問題が発生していて解決するために原因を探るだけのことだ。

知っても解決できない問題だってあるけれど、問題視しなければ問題にはならない。

 

比べすぎる心がなければそんなに多くの問題は発生しないんではないかと思う。

 

 

 

 

 

夏の風物詩。

 

毛布の洗濯と、レースカーテンの洗濯、玄関掃除、花を切った紫陽花に水遣りをした。

 

 玄関にお香を焚く。

これからしばらくはお香の代わりに蚊取線香になりそうだ、と思って、陶器の豚さんを出した。

 

一人暮らしをしていた時に目にとまって買ったけれど、何故蚊取線香の灰皿が豚なのかはよく知らない。

 

少し調べてみたら所説ありだったが、面白い話もなかった。笑

 

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蚊の対策の次は、部屋の窓に、日よけ布をつけてみた。

 

室温の上昇を抑える効果がどの程度あるのかはわからないけれど、カーテンで完全に遮光してしまうと折角風があっても取り込めないし、通気のいいものが気持ちがいい。

 

適度に明るさと風をとりこみつつ日よけと室温が上がり過ぎるのを防いでくれたらどれだけ有難いことやら…。

 

電気を大量消費する空調よりエコで経済的でもあるし。

 

流石に30℃を超えてくると一番熱い時間帯には冷房なしでは頭もボーとして何かしら活動意欲は下がる…でもそれ以外の時間は空調以外の工夫で暑さをしのげたら…。

 

本当は簾が良かったけれど、持ち帰る際のコンパクトさを考えて、去年日よけの布を買った。

ピッタリ窓のサイズ。

 

陽射しのカット力はなかなかだ、と思ったけれど、簾には機能が劣るような気がする。

1枚は窓に沿わして、もう1枚は斜めに…と2枚使いしてみることも考えてはみる…。

 

簾を立てかけるとかできればいいのだけれど、屋根の上は斜めになっているための簾の斜めがけは難しそうなので、諦めるけれど。

 

蚊取り線香に簾に風鈴。

 

一人暮らしをしたら機能+風情を楽しむのに、夏にしてみたいシリーズではあるけれど、この先の夏が果たしてそれで乗り越えられるような気候なのか…と心配にはなる。

 

今シーズンは蚊遣豚と、ご近所さんから聞こえてくる風鈴で、夏を感じつつ、何とか乗り切りたい、と思うのでした…

 

棲み分けとお手入れ。

 

日に日に暑さが増している。

室温が30℃にならない時間帯はほんとに短い。

 

来週初めに雨天があるようだが、それまではカンカン照りの日々が続きそうだ。

洗濯日和…ではあるもか…むしろ暑すぎて洗濯日和ともいえないのか…。笑

 

先日、ポイントが溜まっていて、月末までに利用しなければ失効しますよ、というお知らせがあった。

 

大きな額でもなかったのだけれど、どうしようかと思い、商品リストを眺めて、折角なので何かと重宝するタオルを頂くことにした。

 

普段使用しているバスタオルやフェイスタオルはインド製、枕にかけて使っている薄手のものはベトナム製なのだけれど、頂いたタオルは、日本製で、今治製。

 

並べて干してみて、今治タオルはふんわりと柔らかい質感。

 

インド製も厚みがあってしっかりしているし、ベトナム製も、少し大判なので枕をしっかり包めて薄手で乾きがいいので衛生的に使えるのは気に入っているし、何より毎日の生活で使うタオルはある程度まとまった枚数がないと困る。

コストフォーマンスの良さも重要で、国産タオル1枚くらいの価格で3枚くらいは手に入るものもあったりするのはありがたい。

 

頼んでみたタオルがやってきて、日本の技術は確かに素晴らしいのだな、と改めて思いはする。

タオル1枚だけ、のことなのに、ちゃんとこのふんわりを保つためのお手入れの仕方までつけてくれていた。

 

あまり気にしないで使う、という人も結構いるけれど、こういう風に作り手に思いのあるものは使い方も気にして使いたい、と思う性格であるので、新入りのタオルのお役目を考える…。

 

質感をより生かして楽しむとしたら枕カバーポジションかしら…。←

 

というわけで、3日に1回程、枕元が『ふんわりする日』ができることになった。

これでいい夢みる率が上がれば検討案件になるかもしれない。笑

 

こういうちょっとしたきっかけで、普段使っているものを使い比べてみる機会ができたりする。

 

何が上等なのか、というランク付けよりはそれぞれの良さを一番生かす方法という視点で何事も考えたいなぁと思う。

 

『良いもの』というのも色々な視点があるとは思うけれど、普段から使っているものの取り扱いなんかを改めて教えてもらえたりすると、勉強になった、と思う。

生活の質の上がる情報の添付を惜しまずしてくれるというのはとってもありがたい。

 

 

ふんわり系タオルは、

 

1,毛羽立ちを抑えるために柔軟剤を多用しない

2,洗いあがったらカビ予防のためすぐに干す

3,干す前にはパンっと振ることでパイルが立ち上がり、空気を含むことでふんわり仕上がる

4,質感を保つために風通しのよいところに干し、直射日光に長時間晒し過ぎない

 

 

洗濯の基本だとは思うけれど、日常的なこと過ぎて案外教えてもらうことも少ない気もする。

改めて教えてもらえると『答え合わせ感』もあるし、よしよし合っている、と思えるのも自信(?)がつく。笑

こうしてみると、日々の生活の中で使用している布製品は結構な数ある。

日々日常を支えてくれている存在のお手入れは、労いの気持ちを込めてできたらいいな、と思う。

 

コーヒーも飲んだし、布巾の洗浄と消毒をして掃除、書類の発送準備をしたり、しておきたいことを今日もしておくとしよう。

 

何かと詰め込み過ぎたりやり過ぎないことと、後回しにしないことが大切だ、とこのところ思う。

 

1日の間にでできることはそんなに多くないのだから、と思っているくらいが丁度いいい気がする。

 

続・不安と儀式。

何だか目が覚めた。

 

暑さもあったか、と

 

在学時間は長くはなかったので、ちゃんとは勉強していないが、学生時代、教養科目ということで専門外の科目を選択的に履修しておかねばならなかった。

 

専門では科学系の科目を選択していたが、命というものが常に関与するため、倫理的なことは必ず学ばなければならないということにはなっていた。

 

個人の意思の尊重について学びはしたが、当時は学校を卒業した後、資格を得て医療を提供する側として携わることになる誰かの意思の尊重の仕方について学ぶ、みたいな視点でいることが多かった。

 

その誰かが誰なのかはわからないが、この先出会う誰かの尊重すべき意思の理解を深めるために、その基礎になる思考の一つとして信仰について学ぶ『宗教学』というものがあった。

実際に受けた授業はキリスト教の聖書についての読み解き方を説明するようなもので、結構眠かった記憶がある…。←

 

授業の内容自体をそんなに覚えてはいないが、日本以外の国では結構色んな国で宗教や信仰は身近なんだ、ということを知ったし、その解釈の違いなんかが紛争や内戦の根底にもあったりすることも知ったっけ…。

 

自然環境の厳しい地域ではより厳しい戒律が存在し、守られるべきものとして存在するためにその裏返し…という言葉が正しいのかはわからないが、もめ事も存在することになっているという面もあるのだろう。と…。

 

日本は自然環境に比較的恵まれた地域だったことが由来しているのか…これも詳しいことまでは知らないのだが、解釈が深められる中で宗教的思想はきっと本来は誰しもが持つ漠然とした不安なんかに対して寄り添うためにあるものだと解釈がなされ、『皆が救われるべき存在』という思想が受け入れられてきた地域らしい。

 

世界的に見ても戒律が穏やか、という特殊な面があるようだ。

 

正しさ、というよりは、心の平安を提供することが思想の目的だったはずではないのか、という目的に重きをおいた解釈が日本では広まった…。

 

今現在の日本は目的を忘れがちと言われていることが多いが、過去に宗教的な思想が広まっていた時代には『目的』がかなり重要視された上で、多くの人が救われるとした優しい思想が受け入れられてきたんだ、というで時代経過でのギャップ?

 

今の日本では、宗教というのは『お葬式の際の形式』としての存在…というのが大きい家庭も多くて、常日頃から身近にある信仰として意識をしている人も若い世代は特にそんなに多くもない気もする…

海外に比べてあまり宗教に関する話題が上がって来ないイメージもあるし、何なら、そういった話題は酒席ではタブーと学んだ時期も後々にはあった。

(揉めるから禁止、という理由でお酒の席での話題としてタブーとされていたのは宗教や信仰に関する話題。その他に応援している球団の話も…みたいなのも半分冗談もあったのではないかと思うが、何かを熱烈に応援する気持ちは『信仰』か、と思えば納得のような…。笑)

 

改めて少し調べていたら、ちょっとした誤解が私の中にあったことに気が付いた。

 

宗教思想が国民性のような地域性を作っているものなのだと若干思っていたところもあったが(そう影響を与えるものも結果的にはあるもかもしれないが)、むしろその地域で受け入れられた思想が地域性を表していて、地域性は環境的な影響の方が大きいということ…。

 

地域性が先にあって、そこに合う思想が広まっているという…

 

鶏と卵はどっちが先なんだ的な面がどんどん出てきそうな気もしてくるのでこれ以上いっぺんに考えるのはやめておこうと思う…。笑

 

現在の日本でお葬式の形として多く採用されている印象のあるのは仏教の形が多いが、結婚式は何故かキリスト教での形式が多い…。

 

何故そうなったのかはよくわからないが、形式だけで、深く信仰をしている訳ではないからそうなるのだろうという気もする。

 

いいとこどり、なのか、形だけ、なのかなんだかよくわからないが…。

 

信仰するものを考える必要がなくなってしまう程物質的に豊かになった、のか、考える時間もない程忙しい生き方になったのか…。

 

何だかよくわからないがとにかく色んな思想がちょっといい加減な感じごちゃごちゃしている現代。

 

そうこう言っていると、仕入れの都合で日帰りで京都へ行ったお土産としてお寺由来のお菓子を頂いたり、お盆にはお寺の方が回ってくるという話を母からきいた。

 

そういう季節でもあるか、と。

 

実家の信仰(実際には形式だけで母も全然わかってはいないことが今朝発覚したが、叔母に聞くところ)宗教は『浄土真宗』だと思われる。

 

仏教はインドで生まれたにも関わらず、現在のインドでは信仰する人は多くなく、中国・朝鮮を通じて日本に持ち込まれたのは遣唐使であった最澄空海によって天台宗真言宗として有力者に広まった後、鎌倉時代大乗仏教(今のところ『唱えると皆救われる系仏教』と理解している。←)として民衆にも仏教という考え方が広く伝えられたようだ。

 

ちなみに大衆にそういった信仰が広められた当時の時代背景は、貴族統治から武家への統治への政権の移り変わり、政治・経済・社会の劇的構造変化があり、戦乱と飢饉で洛中も相当な荒廃をしていたらしい。

 

飢饉のあった1181年の前年は降水量が少なく、旱魃が起こったことで農作物の収穫量が激減。

1181年には京都を含む西日本一帯が飢饉による多くの餓死者と土地を放棄する農民の増加で地域社会が崩壊し、混乱は全国に及んだ、とある。

 

鴨長明の記録から、自然災害が続き、世の中が飢渇しあさましき事…混乱は2年程続いた、京都は田舎の農業生産に依存していたため、相当なダメージを受けた、という内容が伝えられているらしい。

 

この飢饉でなくなった人は京都市中だけでも42300人、市中各所に遺体が溢れ異臭を放っていた、あまりの死者の多さに真言宗の僧侶がご遺体の額に『阿』の字を記して回った、と。

 

友人ブログによると鎌倉時代の後、室町時代くらいまでは火葬されないご遺体が道端に…という状況があったらしいと記されていたところにはこういう内容があったようだ。

 

学生時代理科系選択をしていたために、日本史の授業数がなくなってさらっと年表をたどった程度でしっかりとは歴史を勉強をしたことがなかった。

 

1年時お世話になった担任の先生が日本史の担当だったにも関わらず…。笑

強面な先生であり、厳しかったのもあるが、何よりちょっと内容がグロテスクであったりもするので苦手な感じもあった。

 

日本に生まれたにも関わらずよく知らないままなことは山ほどある。

 

こんな荒れた時代に、人の心に寄り添い、年貢を納めるため日々働く一般市民である農民が最後救われることを祈ったのが『大乗仏教』だったのかも知れず…。

 

そんな時代に生まれたものだから、きっと本来は『ビジネス』ではなかったかもしれない。

開祖である法然親鸞はそういった考え(支配者にとっては不都合な教え)を解いたとして罪に問われてもいたらしい。

 

が、そんな人もいたこんな大変な時代、兵糧と徴収しようなんぞ考えた軍もいて市民の支持を得られなかった、らしい。

当然か、と思うがいつの時代も似たようなところがあるなぁ …とも思う。

 

いつの時代もいろんな人がいるようだ。

 

火葬の歴史自体は仏教由来と考えられていて、かなり古い歴史があるようだが、日本国内での義務化は明治時代になってかららしい。

人口増加で土地が足らなくなることも理由になっていたらしいが、当時は土葬の方が市民にとっては安く、ほんとに土地が足らなくなるなんてあるのか、という調査までしたらしい…。

 

色んな問題が上がったが、結局明治時代に色々な宗教的視点を排除しても、公衆衛生の観点から火葬が政府によって一般化され、大正時代には土葬より火葬が費用や人手も少なくて済むようになったとか。

 

そういうわけで、日本は現代はほぼ100%火葬。

無宗教な人も多いが無難なものとして世間に受け入れられている、と。

 

仏教、とくに我が家の信仰している浄土真宗仏陀の故事にちなんで火葬が尊ばれているとして、強く推進してるらしい。

開祖が生きた時代の背景を思えば推進されるというのも解らなくはない気もするが、インドの料理にも、より高温加熱された料理が神聖…みたいな考え方があったために身分の高い人程油で調理されたものを食べる、みたいなことをいつか何かで調べて知ったような気がする。(こうした宗教的がな視点があるため実際には身分の高い人の方が生活習慣病的なものの罹患率が高いという矛盾?みたいなものもあるようだが。)

 

きっと何か仏教に『高温』に邪気を払う的な思想があるのかも知れない。

 

いつか時間ができたらと思って読んでいない宗教や哲学に関する書籍がいくつか積まれている…

 

この連休中、コロナも増加傾向にあるし、調べ事をして過ごしてもいいかも知れないと思った。

 

 

不安と儀式。

 

今朝は、髪を切ってきた。

切り終えて、友人のブログには、骨への執着に関する記事が書いてあった。

タイトルからは何のことか想像がついていない部分があったが、読み進めていくと、火葬した後、骨を残すことについての疑問についてもしるしてあった。

 

以前から、とっても潔い感じの人だというイメージがある。

骨だけ残さずきれいに焼いて、自然の摂理に従って、ということでもいいのではないか、という考えもあることを書かれていた。

 

日本では墓石を立て、そこに骨の入った壺のようなものをしまうのが弔いの形式として一般的なイメージがあるが、中には墓石を立てず、骨は海にまいてほしいなんて希望をされる方もいるというのは私も見聞きしたことのあるな、と思った。

 

個人的な『骨を残すこと』、『骨をしまうこと』に対する心理はこうなのではないか、と思ったので書いてみる。

 

納得いくものや共感されるものではないかも知れないが、私の感覚での推測。

正解ではないかも知れないが、間違いということもないのではないか、と思う。

 

骨を残すことは、無になることへの恐怖や忘れられてしまうことに対する恐怖や忘れてしまうことに対する恐怖がそうさせるのではないか…と。

 

自分の中を探ったときにはそういう漠然とした不安が『骨』というものに表現されたのかな、という気がしなくもないな、となんとなく思う。

 

学生の頃、古墳の勉強をした。

何故あんなに大きなものを作ったのかについて、教科書の答えは『権力の誇示』というものだったと思う。

 

でもなんとなく後付けっぽく感じていた。

大きなものを作る、ということが結果的にたくさんの人がいなければ難しかったことを考えたら、大きなものが作られればその支配者の権力の及んでいた範囲が大きかったと推測はされたかもしれないが、果たして自分の権力を証明したいという理由だけでそんなに多くの人が動いたんだろうか…とかなんだか不思議に思うことはある。

 

『権力の誇示』か…んー…と思った。

 

儀式的な行為は形式に沿って行われることが多いと思うが、元々は何かを意味してそうされるようになった経緯もあるのではないか、と思う。

 

少し話が変わるが、儀式といえば、雨に関わるものもイメージしやすい気がする。

雨乞いの儀式は、農作物の収穫などのために、コントロールはできない自然現象が起こることを望んでいるとき、それが起らないことに対しての不安の払拭をするために儀式をしていた、逆に降り過ぎることでの自然災害なんかに対して恐怖心を落ち着かせるためにする儀式やテルテル坊主のようなおまじないみたいなものあったりするもかな、と。

何かと、不安感で落ち着かない気持ちを落ち着かせるためのに儀式をしていたのでは…という気がする。

 

不安は広がれば混乱を生んでいたかもしれないし。

 

全ての儀式は元々そういう『不安感』や『恐怖心』としっかり繋がっている…のかな、と。

 

科学の発達と共にそういった儀式的なものは減っているよのかな、とも思う。

 

 

続きは明日にしよう、眠くなってきた…